リード:負けても地位を失わない最高位

プロスポーツの世界では通常、成績が落ちれば地位も落ちる。しかし大相撲の最高位「横綱」には、この当たり前のルールが存在しない。どれほど負け越しても、どれほど休場を重ねても、協会が横綱を強制的に降格させる制度そのものがないのである。地位を退く方法は「本人が引退を決める」ことだけであり、極端に言えば、力士は死ぬまで、あるいは自分から辞めるまで「横綱」であり続けられる。

本稿は、姉妹記事「大相撲の『現代組織経済学』を読み解く」で扱った番付制度全般の議論(大関以下の「角番」による降格・八百長研究など)を踏まえつつ、その最上位に位置する“横綱”という地位固有の制度的特殊性――特に「降格がない」という一点――に焦点を当てる。あわせて、相撲の通史を扱った姉妹記事「相撲の歴史 ― 神事から興行、そして『創られた伝統』へ」も、相撲という制度全体の背景を知る上で参照されたい。

本稿の柱は次の3点である。

  1. 横綱と大関以下の制度的な違い(特に「降格がない」という一点)
  2. 横綱への昇進基準の歴史的な変遷と、その厳格化のきっかけ
  3. 歴代横綱の記録を数値で見る、「横綱であり続けることの難しさ」

出典:本稿全体の情報源は各節の<small>表記および末尾「参照した情報源一覧」を参照。

横綱・白鵬の土俵入り
写真:横綱・白鵬の土俵入り(2012年1月場所)。撮影:FourTildes、CC BY-SA 3.0、出典:Wikimedia Commons

1. 横綱と大関以下 ― 制度としての決定的な違い

大相撲の番付は、大関以下であれば成績によって自動的に昇降格する。中でも大関には「角番」という明文化された降格ルールがあり、2場所連続で負け越すと関脇に陥落する。ところが横綱には、この種の降格制度自体が存在しない。

項目 大関以下(通常の番付) 横綱
成績不振時の扱い 負け越せば番付が下がる(降格)。大関は「角番」制度により2場所連続負け越しで関脇へ陥落 降格という制度が存在しない。番付上は死去・引退まで「横綱」のまま
復帰・再昇進 大関から陥落しても、関脇で10勝(15日制で取組日数の3分の2以上)を挙げれば特例で大関に復帰可能 一度地位を退けば(=引退すれば)後戻りの制度自体がない
進退の決定主体 番付(成績)によって自動的に地位が変動する 本人の意思による「引退」以外に地位を退く方法がない(協会が強制的に降格させる規定がない)
世論・組織による牽制 角番という明文化された成績基準がプレッシャーとして機能 明文化された基準はなく、横綱審議委員会による「激励」「注意」「引退勧告」という段階的な意思表示、および世論形成が唯一の牽制装置

出典:大相撲のはてなに効く!観戦ガイド「大相撲の『角番』とは?大関陥落の条件や特例復帰、ルールの歴史を解説」https://sumo-guide.com/term-kadoban 、同「大相撲の横綱とはどんな地位?横綱昇進の条件と横綱の特権、土俵入りの型について解説」https://sumo-guide.com/what_is_yokozuna 、角番 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%92%E7%95%AA 、横綱 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E7%B6%B1

大関の降格基準そのものも、実は一定ではなく歴史的に変遷してきた。

時期 大関の降格基準
昭和2年(1927年)、東西合併後の諸制度確定期 「2場所連続負け越しで陥落」という大枠が定着し始める
昭和33年(1958年)、年6場所制開始時 「3場所連続負け越しで関脇に降下」と規定
昭和44年(1969年)7月場所以降 現行の「2場所連続負け越しで関脇に陥落」に改正(現在まで継続)

出典:大相撲のはてなに効く!観戦ガイド(前掲)https://sumo-guide.com/term-kadoban 、角番 Wikipedia(前掲)

こうした変遷を経ながらも、大関以下には常に何らかの「事後的な降格ルール」が存在し続けてきた。これに対し横綱だけは、制定以来一貫して降格の仕組みそのものを持たない。この非対称性こそが、本稿が掘り下げる核心である。


2. 横綱への道はなぜここまで狭いのか ― 昇進基準の歴史

降格がないからこそ、横綱には「入口」で極めて厳しい審査が課される。この基準は、日本相撲協会の諮問機関である横綱審議委員会が定めてきた。

2-1. 委員会の発足と内規の制定

横綱審議委員会は、1950年に東富士・照國・羽黒山という3人の横綱が相次いで休場したことをきっかけに、1950年4月21日に発足した。その後、年6場所制が始まった昭和33年(1958年)1月6日、横綱推薦のための内規が制定された。骨子は以下の3点である。

  1. 横綱に推薦する力士は、品格・力量が抜群であること
  2. 大関で2場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする
  3. これに準ずる好成績をあげた力士を推薦する場合は、出席委員の3分の2以上の決議を必要とする(制定当初は全会一致が要件だったが、後に3分の2以上に改正)

出典:横綱審議委員会 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E7%B6%B1%E5%AF%A9%E8%AD%B0%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A 、spaia「横綱の昇進条件は厳格化へ!あいまいな条件を解説」https://spaia.jp/column/sumo/780

2-2. 転換点:双羽黒事件と、その後26年間の厳格運用

内規制定直後の昭和期には、「準ずる成績」がかなり柔軟に解釈された時期があった。優勝次点で昇進した初代・若乃花、賛否両論のまま昇進した朝潮、優勝同点だった柏戸など、必ずしも「2場所連続優勝」を満たしていない力士の昇進例が複数存在した。

この運用を大きく変えたのが、昭和62年(1987年)12月27日に起きた双羽黒(本名・北尾光司)の事件である。双羽黒は現役中一度も幕内最高優勝をしないまま「準ずる成績」で横綱に昇進していたが、部屋の女将を突き飛ばして無断で出奔し、そのまま廃業したと報じられている(本人は著書で、女将を振り切っただけで意図的な暴力ではなかったと異論を述べている)。

この事件を機に横綱昇進基準は厳格化され、以後2014年3月場所後の鶴竜昇進まで26年余りにわたり、2場所連続優勝を達成していない力士の横綱昇進は認められなかった。1990年以降、旭富士から日馬富士までの歴代横綱は、すべて大関で2場所連続優勝を達成した上で昇進している。

出典:北尾光司 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%B0%BE%E5%85%89%E5%8F%B8 、Number Web「優勝せずに横綱昇進、24歳で廃業…“消えた天才”北尾光司の知られざる実像」https://number.bunshun.jp/articles/-/860954

なお、双羽黒事件だけが基準厳格化の唯一の原因だったと断定することはできない(推測を含む)。事件をきっかけに基準が厳格化されたという事実関係自体は複数の情報源で確認できるが、他の要因が複合していた可能性は排除できない。

2-3. 直近の事例:大の里の史上最速昇進(2025年)

2025年5月(令和7年夏場所)、大の里が大関で2場所連続優勝を13日目に決めたことを受けて第75代横綱に正式昇進した。初土俵から所要13場所というスピードは、1958年の年6場所制開始以降で最速である。同年3月には豊昇龍も横綱昇進しており、2人同時昇進は1987年の北勝海・大乃国以来38年ぶりだった。

出典:日本経済新聞「大の里が横綱昇進、日本出身8年ぶり」(2025年5月28日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQODH280XA0Y5A520C2000000/ 、中日新聞「大の里、横綱昇進が正式決定」https://www.chunichi.co.jp/article/1073482 、Nippon.com「New Promotion Criteria Needed to Keep Top Sumō Ranks Robust」https://www.nippon.com/en/in-depth/d00875/

2-4. 参考:大関昇進基準との比較

大関昇進の事実上の基準は、平成元年(1989年)以降「直近3場所で通算33勝以上」が目安として定着している(1989年以降に大関昇進した29力士のうち、3場所通算31勝未満で昇進した例はないと報じられている)。これに対し横綱は「2場所連続優勝」というさらに一段高いハードルが課される。

昇進先 事実上の基準
大関(1989年以降の目安) 直近3場所で通算33勝以上
横綱(1958年内規、1987年以降の厳格運用) 大関で2場所連続優勝

出典:Nippon.com(前掲)https://www.nippon.com/en/in-depth/d00875/


3. 歴代横綱の記録 ― 白鵬でも幕内勝率9割届かず、優勝率は在位中の約半分

3-1. 歴代優勝回数上位者の通算成績

日本相撲協会公式サイトの「歴代横綱」プロフィールページで確認できる、幕内最高優勝回数の歴代上位3名の通算成績は以下の通り(2026年7月時点、白鵬引退・大の里昇進後の状況を反映)。

代数 四股名 横綱在位期間 幕内優勝回数 通算成績(全階級合計) 幕内成績
第69代 白鵬 翔 平成19年7月〜令和3年9月(約14年2ヶ月) 45回 1187勝247敗253休(122場所) 1093勝199敗253休(103場所)
第48代 大鵬 幸喜 昭和36年11月〜昭和46年5月(約9年6ヶ月) 32回 872勝182敗136休(87場所) 746勝144敗136休(69場所)
第58代 千代の富士 貢 昭和56年9月〜平成3年5月(約9年8ヶ月) 31回 1045勝437敗159休(125場所) 807勝253敗144休(81場所)

出典:日本相撲協会公式サイト「歴代横綱」白鵬 https://www.sumo.or.jp/Yokozuna/profile/69/ 、大鵬 https://www.sumo.or.jp/Yokozuna/profile/48/ 、千代の富士 https://www.sumo.or.jp/Yokozuna/profile/58/ 、歴代横綱一覧 https://www.sumo.or.jp/Yokozuna/yokozuna/

上記の勝敗数を単純に勝率換算すると(休場を分母に含まない一般的な計算方法。この換算は分析部が公式データから機械的に算出したものであり、協会公式の「勝率」発表値ではない)、次のようになる。

力士 通算勝率(全階級) 幕内勝率
白鵬 約82.8%(1187/1434) 約84.6%(1093/1292)
大鵬 約82.7%(872/1054) 約83.8%(746/890)
千代の富士 約70.5%(1045/1482) 約76.1%(807/1060)

史上最多優勝の白鵬でさえ、幕内勝率は9割に届かない。「横綱は勝って当たり前」という一般的な世論のイメージに対し、実際の記録はそこまで圧倒的ではないことが分かる。

3-2. 横綱在位中に限定した勝率・優勝率 ― 意外に低い「50%の壁」

歴代横綱の中でも、特に「横綱在位中(=横綱昇進後)」の成績だけに絞ると、さらに興味深い数値が見えてくる。相撲記録専門サイトの集計(2026年6月2日時点)によれば、横綱在位期間中の取組の勝率トップ5は、1位・太刀山(.955)、2位・栃木山(.905)、3位・双葉山/大錦(.882、同率)、5位・白鵬(.873)。また横綱在位中に優勝した場所の割合(優勝率)では、1位・朝青龍(.548)、2位・双葉山(.529)、3位・太刀山/白鵬/大鵬(.5、同率)となっている。

出典:土俵の目撃者「横綱の勝率・優勝率・出場率の総合番付 下」https://dohyounomokugekisya.net/archives/29378.html (相撲ファンによる記録集計サイト。公式データを元にした二次的な集計であり、協会公式発表ではない点に留意)

指標 数値 示唆
歴代最多優勝(白鵬) 45回 年6場所・年間最大6回の優勝機会がある中での記録
白鵬の横綱在位場所数 103場所(幕内成績ベース) 在位場所の約43.7%(45/103)で優勝という計算になる
横綱在位中の優勝率トップ(二次情報) 朝青龍.548、双葉山.529、太刀山/白鵬/大鵬.5 史上最強クラスの横綱でも、在位場所の半分前後でしか優勝できていない

「横綱は出場すれば優勝が期待される」というのが世論の一般的なイメージだが、史上最強と目される横綱でも実際の優勝率は約50%前後(2場所に1回程度)にとどまる。これは、横綱への期待水準が、実際の達成可能性を大きく上回る“プレミアム”を含んでいることを示す数値材料と言える(分析部の解釈)。

大相撲の優勝トロフィー・賜杯
写真:大阪場所で展示された優勝力士への各種トロフィー(2007年3月18日撮影)。撮影:Magne Land、CC BY 4.0、出典:Wikimedia Commons

4. 本場所における横綱の役割 ― 「ルール」ではなく「規範」

横綱には、成文化された義務がある一方で、成文化されていない“暗黙の期待”も強く存在する。この二つを混同しないことが重要である。

出典:千秋楽結びの一番 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E7%A7%8B%E6%A5%BD%E7%B5%90%E3%81%B3%E3%81%AE%E4%B8%80%E7%95%AA 、大相撲のはてなに効く!観戦ガイド「大相撲の横綱とはどんな地位?」(前掲)https://sumo-guide.com/what_is_yokozuna

この「ルールなき規範」が実際にどう運用されるかは、横綱審議委員会による段階的な意思表示――「激励」「注意」「引退勧告」――という形で表出する。次章で見る2つの対照的な事例は、この規範が決して機械的に適用されるものではないことを示している。


5. 降格なき制度は実際どう運用されるか ― 照ノ富士と稀勢の里、対照的な2つの実例

「横綱の地位から降格した力士は現在まで一人もいない」という制度は、実際にどう運用されているのか。直近かつ対照的な2つの事例が、この問いに具体的な輪郭を与える。

5-1. 照ノ富士 ― 13場所休場でも正式な引退勧告なし

第73代横綱・照ノ富士は、令和3年(2021年)9月に横綱昇進し、令和7年(2025年)1月17日の初場所6日目に現役引退を表明した。

出典:日本経済新聞「横綱・照ノ富士が引退 在位21場所、後進指導へ」(2025年1月17日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOKC171ME0X10C25A1000000/ 、Wedge ONLINE「記録よりも記憶に残る横綱・照ノ富士に『引退勧告』がなかった理由」https://wedge.ismedia.jp/articles/-/36611

5-2. 稀勢の里 ― 横審が初めて出した「激励」決議

対照的な事例が、第72代横綱・稀勢の里のケースである。稀勢の里は平成29年(2017年)1月場所での悲願の初優勝で横綱に昇進し、翌3月場所も負傷を抱えながら22年ぶりの新横綱優勝を果たした。しかし以後2年足らずで8場所連続休場するなど、成績が急降下した。

2018年11月26日、横綱審議委員会は全9委員の全会一致で稀勢の里に「激励」を決議した。これは過去に前例のない決議だった。委員長は次の初場所での出場を求め、休場すれば「引退勧告」も辞さない姿勢を示した。稀勢の里は結局、平成31年(2019年)1月場所中に引退した。

出典:imidas「横綱・稀勢の里はもう引退しなければならないのか」https://imidas.jp/insight/l-40-258-18-12-g756/2/ 、時事ドットコム「横審が『激励』決議」https://www.jiji.com/jc/v2?id=2018sm_kisenosato_12

5-3. 何が2人の運命を分けたのか(推測)

項目 照ノ富士 稀勢の里
横綱在位中の休場 21場所中13場所 8場所連続休場を含む急激な成績悪化
横綱審議委員会の対応 正式な引退勧告なし 全会一致の「激励」決議(前例なし)
世論の傾向(報道からうかがえる) 負傷・病気との闘いへの同情的な論調 早期の進退判断を求める論調

同じ「横綱には降格がない」という制度の下でも、照ノ富士(正式な引退勧告なし・世論も同情的)と稀勢の里(横審が異例の「激励」決議)という、対照的な世論形成の2事例が存在する。この違いを生んだ要因(怪我による休場か成績不振による休場か、本人の努力がどう見えたか等)についての厳密な因果分析は本稿の範囲を超えるが、横綱の進退を実質的に律しているのが成文化されたルールではなく、そのつどの状況に応じた世論・委員会の裁量的な圧力形成であることを示す好材料になる(分析部の解釈)。


6. なぜ横綱だけ「降格がない」のか ― 制度設計の経済的合理性(推測)

ここからは、分析部による経済学的な整理である。日本相撲協会が公式にこのようなロジックで制度設計したと説明しているわけではない、推測であることを強調しておきたい。

6-1. 品質保証の負荷を「入口」に一点集中させる設計

大関以下の番付は、角番という「事後的な品質管理装置」(2場所連続負け越しで自動的に降格)を持つ。大関昇進の基準(3場所33勝目安)がやや緩くても、その後の成績不振は角番という仕組みが定期的に「補正」してくれる。

これに対し横綱には事後的な補正装置(降格)が存在しない。そのため、「品質保証のコスト」のすべてが入口審査(2場所連続優勝という極めて高いハードル+品格審査+3分の2以上の決議)に集中する設計になっていると整理できる。会計的に言えば、大関以下は「定期的な減損テスト(角番)がある資産」、横綱は「一度認識したら減損テストが行われず、除却(引退)のタイミングも保有者の自己申告に委ねられる資産」に近い、という対比が可能である(この会計的な例えは分析部独自の整理であり、協会の公式説明ではない)。

6-2. ブランド毀損の回避という説明(推測)

複数の解説記事(協会公式見解ではなく、相撲専門メディア・引退力士による解説)では、横綱を降格させて下位の番付で負け越す姿を晒すこと自体が、横綱という地位・注連縄(しめ縄)が象徴する神事的な権威、ひいては相撲界全体のブランド価値を損なうという説明がなされている。これは公式な制度趣旨としての確認は取れていない**推測(ただし専門メディアで広く言及されている説明)**だが、「一度与えた最高位の称号を格下げする」のではなく「称号を保持したまま引退させる」ことで、称号そのものの価値を毀損しない、というブランド管理の論理として理解できる。

出典(この論点の一般的な解説の出典。協会公式見解ではない):しんざぶろうのライフハックブログ「横綱に降格がないのはなぜ?大相撲の象徴としての役割とその意義」https://shinzabu.com/sumo-trivia/demoted-from-yokozuna/

6-3. 双羽黒事件が示す「事後修正できない制度」のコスト

1987年の双羽黒の事例(一度も幕内最高優勝をせず「準ずる成績」で昇進し、翌年に部屋とのトラブルで廃業)は、緩い入口基準で横綱に昇進させた結果、その後の「品質不良」を是正する手段(降格)が制度上存在しなかったため、廃業という不名誉な形での退場以外に収拾がつかなかった実例と整理できる。この事件を機に、以後約26年間「2場所連続優勝」という基準が厳格に運用されたという事実(2-2参照)は、「事後修正できない制度だからこそ、入口審査を厳格化するしかない」という制度学習が実際に起きたことを示す一次的な証拠と言える。

6-4. 農学修士的な視点からの補助線(推測・アナロジー)

生物学・育種の選抜における「一度きりの表現型による選抜」と「継続的なモニタリングによる選抜」という2つの育種戦略のアナロジーで捉えると、横綱制度は前者(ピーク時の成績という一時点のシグナルで永続的な地位を確定させる)に近い。角番制度を持つ大関以下は後者(継続的なモニタリングによる選抜)に近い。一時点の選抜は測定コストが低い反面、その後の環境変化(怪我・老化)による「選抜ミスの是正」ができないというトレードオフを持つ、という整理が可能である(これは分析部による学際的なアナロジーであり、相撲協会や学術研究がこのように説明しているわけではない、推測)。

6-5. 大関以下の「角番」との対比構造

姉妹記事「大相撲の現代組織経済学」では、大関以下の番付が「7勝7敗の崖」(Duggan & Levittの研究)という統計的異常を生むほどの強いインセンティブ構造を持つことを扱った。これに対し横綱は、そもそも「崖」(閾値を割ると自動的に地位が下がる仕組み)自体が存在しない。つまり、横綱は「勝敗操作によって地位を守る」必要すらない(降格がないため)一方で、「地位に見合った成績を出し続けられなければ、進退という形で自ら地位を返上せざるを得ない」という、金銭的インセンティブではなく評判・規範による牽制のみが働く、番付の中でも特異な地位であると整理できる(分析部の解釈)。


まとめ

番付制度全般の議論(大関以下の角番・八百長研究・外国出身力士のクォータなど)は、姉妹記事「大相撲の『現代組織経済学』を読み解く」を、相撲という制度全体の歴史的背景は「相撲の歴史 ― 神事から興行、そして『創られた伝統』へ」をあわせて参照されたい。


### 参照した情報源一覧

公式(一次情報)

報道機関

専門メディア・記録サイト(二次情報、複数照合済み)

Wikipedia(補助的に使用。単独では出典とせず、上記情報源と併用)

学術書(書誌情報のみ確認、本文未読・未確認のため本文中で直接引用はしていない)

  • 中島隆信『大相撲の経済学』(ちくま文庫)